2016年6月9日木曜日

信じていたいぜ 生きているかぎり。

漫画「いぬやしき」がやたら面白い。

ようやく風邪から復活の兆し。
しかし毎回ぶり返す男だけに注意しよう。


6/9

ロックの日ね。

でも「ロックンロール!」って言うともはやあの御老人のイメージが強すぎてなんだか言うの恥ずかしいです正直。

舛添都知事の事をあいつはロックじゃないフォークソングだ!って言ったらしいけどフォークソング好きな人に失礼だ。
郷土愛とか特別強い方ではないと思いますがあの都知事は多分地元が近いのかと。
なんか恥ずかしいな…とか思う感情って初めてかもしれない。

ちなみにサッカーの大久保選手は同じ団地育ちで、バトミントンの潮田選手の家は実家から五分くらいの距離です。
が、歳も離れ全く面識もないのでなんの自慢にもなりませんしスポーツに興味のない自分がそんな時だけ自慢するのはあまりにも軽薄なような気がして年に一度くらいしか公言しません。

…年1で充分か。



中学生の頃は何聴いてたかな?って考えてたら学校で流行ってた渡辺美里とか久保田利伸とか松岡英明とかだったような気がする。
で、KENZI&THE TRIPS、THE POGO、ニューロティカ、THE NEWEST MODEL、LAUGHIN' NOSE、THE WILLARDとか日本のパンクロックに目覚めて夢中になって聴いてた典型的なバンドブームの申し子って感じで、同時に福岡のTHE SWANKY'S(今でも日本一カッコいいパンクバンドだと思っている)とAGGRESSIVE DOGSみたいに東京とは関係ない流れで活動してる福岡のパンクも大好きだった。
あとは地元の汚いガレージみたいなとこでいくつもハードコアバンドが誕生してきた頃でその先輩達が最高にカッコよかった。
鋲ジャン着てカラスマスクしてDr.マーチンにブラックジーンズ。
見た目はイカつい、でもみんな優しかった。
学生服からバッチリPUNKSに変身してライブハウスに集まる。
すげぇ憧れたな。

生まれ育った土地は長髪不可!みたいな風習(思い違い含む)があってパンクかロカビリーばっかだった。

営業しなくなった映画館がライブハウスみたいになっててそこである日パンクとかクールスのカバーとかたくさん出てる中で一つだけボンジョビのコピーバンドが出ててそいつらの演奏が始まった瞬間の会場中の殺気が凄かったのを今でも憶えてる。

イッコ上の先輩の家の離れの部屋が溜まり場になってて学校帰りに寄るとタバコの煙が充満して酒の瓶やら散乱してて。
そこにドラムセットとアンプがあったから代わる代わるいろんなバンドが練習してた。
練習終わるとまた部活終わった仲間が集まってきて夜中まで騒いで雑魚寝してまた学校行くみたいな。


そこでY.M.OとかRCとか教わって初めてパンクじゃない日本のロックを知った。
通ってた高校は極悪ヤンキーでもなく進学校でもなくちょうど真ん中くらいの奴らが集まる高校ですごく居心地良かった。
暴走族にも秀才にも属さないちょっと悪さする感じのやつが多くてこの高校で良かったと本当に思える。

とにかくバンドブームで猫も杓子もバンドバンドで同じ学年に10コくらいバンドがあってそいつら全部集めて地元のホール貸切でイベントやったら7.800人くらい入ってもうずっとこのままやっていけるって思ってたし地元にもドラムやってる奴かなりたくさんいたけど誰にも負ける気がしなかった。
成績も赤点だらけだしヤンキーや暴走族も嫌いだったけど自分にはドラムしかないって思ったし他に何もやりたいとかなかった。

でもみんな進路を考え始めた時にミュージシャンって選択はなくて(それでも今より随分ミュージシャンを選ぶ人は多かったと思う)ブームも下火になり始めたけど俺は何にも迷ってなかったし「絶対東京行って新宿LOFTに出るんだ」って心に決めてた。


ルースターズ、THE MODSやロッカーズは好きだったけどARBは最初存在くらいしか知らなくて(ARBは東京で結成され全員福岡ではなかったからめんたいロックに分類されてなかった)イッコ上の先輩に聞いたら「ハウンドドックみたいなバンド」と説明され最初はやだなって敬遠して聴かなかった。(アツイという点に於いては似てるが)


ある時レンタル屋で目に入ったのが「ARB LIVE/魂こがして」と「指を鳴らせ!」の二枚。
ジャケにデカデカと「魂」。
今はこんなセンスのバンドいないけど同時は何も不思議に思わないくらいアツいバンドが多かった。
何気なく借りて帰宅して聴いた。

一曲目「イカれちまったぜ!!」

お前1人だけじゃないぜ孤独を感じているのは
お前1人だけじゃないぜさじを投げちゃいないのは
悪いことばかりはそう続きやしない
くたばっていく前にチャンスをつかんで賭けてみろ


体がアツクなって涙がにじんだ。
そして部屋の中で1人飛び跳ねながら何度もリピートした。

この曲を聴いたから東京に行こうと最終的に決心したのかもしれない。

そんなことを思い出した2016年ロックの日でした。

あぁ早く風邪完治して麦酒呑みたい。
いや、もう完治前倒しで今夜呑んじゃおう。


シリーズ 今日の一枚♫:ARB「指を鳴らせ!」





2016年6月7日火曜日

柔らかく美しい人。

数年前から風邪引いても病院には行かないようにしました。

生姜と大根たっぷりすりおろした水炊き。
治るまで何度もこれを食べブワっと汗をかきポカリがぶ呑みしてよく寝る。
だいたいこの方法で治るようになりました。

処方された薬は症状を抑える為のものであってウィルスを撃退するものではないというのを学んでから体が外に出そう出そうと頑張っているクシャミ、咳、鼻水、痰、など全て抗わず身を任せてみるとなるほど薬を飲んだ時よりも(ウィルスが)出切った感がある。
気のせいかもしれないけど。

二日目の寝込みのお供は浅野いにお「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」1〜4巻。
寝たり起きたりうなされながらなので時間はかかったがかなり面白く続きが気になる。

食っては寝て食っては寝てまたうなされてるとこに訃報…
あまりに急すぎてびっくりする間もないというか絶句。


昔SOFT BALLETのアルバムで1曲叩きました。
初めてお会いした時にそのことを伝えると「あぁその曲は僕の曲じゃないですね…」と話が途切れ気まずかったのを憶えています。

で、去年の夏に高円寺で呑んだ時すごく楽しかったのも自分の中では記憶に新しいし後日minus(-)の楽屋で「宙也さんの後ろにキレイに顔がハマってて笑った」と投稿した写真を喜んでくれた。


6/11のHIGHライブ行きたかったけど遠征でダメだ行けないやって残念な気持ちになってたとこでした。

これからもっといっぱいお話しできるかと思っていたので非常に残念です。

御冥福をお祈りいたします。






2016年6月6日月曜日

アンジー。



知らぬ間に梅雨。
一番嫌いな梅雨。
でも紫陽花にはやっぱ雨が似合うよね。
とか呑気なこと言ってたらブルッと悪寒第一報。

いやいや風邪なんかじゃないぞ。
俺なんも悪いことしとらんもん。
今風邪は困るってば。

と頭の中で姿の見えぬ敵に必死に抗うも数時間後に扁桃腺が腫れ出し鼻水タラタラ。

暗示にかかりやすい性格なのか?


20:30-22:30
レッスン再開。
でも体調万全ではなく申し訳ない。


帰りがけ久しぶりに太陽にてラーメン(480円)を。
じんわり美味い。

とにかく身体からウィルスが出て行くのを待つしかない。
そんな時THE BLACK COMET CLUB BANDのMIX音源が送られてきた。

難聴に加えこの体調。
天井を見上げるとグワングワン波打ってる。
とりあえず聴いたがカッコいいという事だけしか判断できず。



2016年6月5日日曜日

まだまだ甘っちょろい。



前夜は呑み過ぎた感も否めないが早めに始まり早めにF.O(フェイドアウト)したのでまたもや夜中に目覚める。

日中はお好み焼きを焼きのどかな時間。
それにしてもテレビがないのって静かだ。
これまで1日の中でどれくらいの時間を無音で過ごしてただろうかと考えてしまう程静寂が心地良くも怖くもある。


2016年阿波踊りへの旅。〜その41〜

16:00-19:00
東京新のんき連全体練習@座高円寺

気持ちを切り替え夏の舞台に向けての練習が始まった。
オリジナルの演舞を創り上げるという喜びと楽しみに叩きまくっていい汗かいた時間だった。

そして大人しく帰りゃいいのにまた暖簾をくぐりホッピーをば。


2016年6月4日土曜日

腕試し。

2016年阿波踊りへの旅。〜その40〜

本日はセシオン杉並にて「セシオンまつり」。
高円寺阿波おどり連協会から江戸歌舞伎、天翔連、弁慶連、菊水連、そして我々東京新のんき連の5つが出演。
セシオン杉並の舞台というものは誰でも出場できるわけではやく所謂「聖地」なわけです。

そして今年は大太鼓ではなく指揮者ポジションの鉦。
腕がなる。
胸高まる。
そんな感じです。



リハを終えあっという間に我々の出番。
舞台上では程よい緊張感もありつつただひたすらに楽しかった。
演舞途中での湧き上がる拍手には鳥肌が立ちました。



細かいミスやアクシデントも含め課題はまだありますがまずまずの出来だったと思います。
ただそれは連全体の話であって鳴り物だけに絞るとかなり厳しい状況というのは何年も変わってなくもっと何かしらのテコ入れをしないといけないという危機感は拭えない。

バンドも幾つもやってよく阿波おどりもできるよね?とよく言われますが叩いて奏でるということにおいては同じ打楽器なので線引きはないしやるからには絶対に負けたくありません。
どの場でも自分を駆り立てるのはその気持ちしかないような気がします。



新高円寺の中華屋にて打ち上げを。
舞台デビューしたメンバーの感想や先ほどのステージの反省など盛り上がり高円寺駅前まで移動して二次会を。
最終的に練りカラシを舐めながらのピーホツ…

こちらではカラオケ付きの部屋でかなり盛り上がり後半は記憶喪失…


もっと練習してもっと意思の疎通ができればまだまだ良くなるという手応えを感じた1日でした。




2016年6月2日木曜日

嗚呼この島じゃ忘れそう元来全てが同じということを。


起きたら快晴でとても気持ちが良くちょっとの時間ウォーキング。
朝爽やかな気持ちでスタートできるとなんかいい事ありそうな気になりますね。



福岡から上京した頃は(福岡と言っても北九州地方の端っこの今は空港がある街)ラーメンと注文すれば何処でも白濁した豚骨ラーメンが出てくると感違いしていた田舎者。

その頃は醤油ラーメンを「醤油をお湯で溶いたもんやろ?」と敬遠していたし好きではなかったです。

それが今じゃあ「豚骨?いやだわ〜臭くて!あっさりしたラーメン食べよう!」とすっかり変わってしまいました。



高円寺 天王へ。
そんな感じだったから当時この店でも回鍋肉定食ばっか食ってラーメン食べたことなかった。

あれから25年…
いつもの生姜醤油ラーメン(これも厳密には東京ラーメンではなく長岡式と呼ばれる新潟の生姜醤油ラーメン)を。
あぁやっぱじんわり美味い。


2016年阿波踊りへの旅。〜その39〜

19:00-22:00@座高円寺
東京新のんき連全体練習

いよいよ2日目に迫った「セシオンまつり」舞台本番に向けての最終調整。

連員のほとんどが会社勤めなので当然ながら平日の練習は集まる時間がバラバラで主要メンバーが揃うまでに基礎練習をやりながら待つしかない。
ようやく舞台メンバーが揃ったのは練習時間の半分を過ぎたあたり。

通しリハを数回。
本心はあと10回くらい通したかったが時間は有限だ。

あとは当日にホールでのリハーサルで最終確認するしかない。


練習後にしのぶ連ヨシさんが働く「タッチョモ」へ。
何食っても美味い。
これでホッピーがあれば完璧だがイタリアンなのでワガママは言うまい。

阿波おどり業界では先輩だが同い年で元ドラマーで酒好きでスライダーズ好きで菅原文太好きなヨシさんとは何かと気が合う。
豪快でとても明るく男気のある人で会社勤めをしながら本格的に料理の道に進みたいと最近この店に週何度か夜アルバイトとして働きだした。
なんというガッツ。
そんなヨシさんの勇姿を見たいと行ったが今日は休みだったらしく一緒に呑むことに。


あまり他連と交流を持たない俺としては数少ない阿波おどり関係の友人だし以前THE JUNEJULYAUGUSTのライブを観に来てくれて興奮気味に感想を言ってくれたのは嬉しかった。

ガバガバとワインを呑み美味い料理と楽しい会話。


もう一軒行こう!
ってお馴染みFへ。
やはりミュージシャンでも阿波おどり関係者でも最後はここに辿り着くらしい。

ホッピーを呑んで安定の酩酊。






シリーズ 今日の一枚♫:THE STONE ROSES「THE STONE ROSES」

#シリーズ今日の一枚

2016年6月1日水曜日

男坂。

できることならば鳥か魚になりたい。
いや、できれば貝になりたい。
なったらなったで食物連鎖で大変だろうけど。

一年の半分が過ぎちゃった
なんて口走りましたがよく考えたらまだ5ヶ月終わったとこだから正確には半分ではないですね。
まぁだいたい半分ってことで。


2016年阿波踊りへの旅。〜その38〜

6/4本番に向けての個人練習。
今回は大太鼓ではなく所謂指揮者的なポジションの鉦なので少しでも掌に吸い付く感覚が欲しかったが重さに負けてなかなか難しい。

しかし鏡張りの部屋に1人ってなんか1人じゃないようで若干不気味ですね。

少しでも不安を払拭するために叩く叩く。
狭いから鉦の音で耳鳴りがすごい。

1人暖簾をくぐり次は打ち上げの個人練習。
本番後の打ち上げでしっかり呑めるように入念なリハーサルも欠かせない。

晩酌のお供はこちら。



シリーズ 今日の一枚♫:XTC「Black Sea」

#シリーズ今日の一枚